「桑港特急(San Francisco Express)」(山本一力、文芸春秋)

2015/03/18

「桑港特急」とは特別仕様の六頭立て砂金輸送馬車のこと。時代は19世紀半ば。アメリカ西海岸内陸部はゴールドラッシュで沸き立ち、大陸横断鉄道敷設計画も実現しようとしていた。当時は鯨油を求める捕鯨が乱獲で次第に凋落し、多くの捕鯨船乗組員は砂金採りの一攫千金を狙って船を捨てつつあった。この小説では、ジョン・万次郎も登場し、後に日本ではペリーが開国を迫る。

 

砂金を守るガンマンがその輸送で不在の時、彼の妻と仲間が、刑務所の囚人を連れて脱走した看守らによって殺害される。一方、小笠原諸島父島で生まれ育った二人の兄弟は、日々アメリカ人の父親らと島に寄港した捕鯨船に食料や水、物資の供給、船の補修等で働いていたが、上海からアメリカに向かう捕鯨船に乗ってサンフランシスコでテイラーとして生活を始める。その捕鯨船には、ゴールドラッシュや大陸横断鉄道開設に伴うビジネスを考える中国人二人も乗っていた。彼らはガンマンとその仲間と出逢い、彼の仇討に協力しようと行動を起こす。

勧善懲悪のストーリーだけでなく、沸騰する時代の中で国境や年齢、人種を超え、強く生きる男たちの姿が面白かった。

「秘恋─日野富子異聞─」(鳥越碧、講談社)

2015/03/26

稀代の悪女と言われた、室町幕府八代将軍足利義政の正室・日野富子の生涯を描く。足利家と日野家は代々婚姻関係にあったが、日野家の長女が早くして急死したため、次女の富子が16歳で足利家に嫁ぐことになった。富子は幼いころ、京の洛北で暮らし、二歳年上の国人の息子・伊作(後の喬之介)が常に彼女を守っていた。

 

九代目将軍の跡目争いに伴う11年に及ぶ応仁の乱の中、足利家の財政は次第に疲弊化していく。富子は逼迫した財政の立て直し、足利家の再興のため、高利貸しなどで蓄財に励むが、結局、再興は叶わなかった。そして世の中は守護大名が乱立する下剋上の時代へと移行していく。

この本は富子と喬之介の「秘恋」物語。二人は相思相愛で狂おしいほどに恋しいが、決して結ばれない、そしてお互い己の心を死ぬまで明かせないままの恋だった。周囲の者たちから勝ち気で我の強い我儘な姫と言われる富子の内面は不安や傷つきやすさで揺れる。そして富子亡き後、八十半ばを過ぎた喬之介はこうつぶやく。「あんなふうに語り合った。笑った。泣いた。怒った。哀しんだ。夢中であった。一途に恋した」。権力や財力を超えた富子の恋、心の安らぎが時代に翻弄されていく。

「波王の秋(とき)」(北方謙三、集英社)

2015/04/01

これは史実に基づく小説なのか。文永、弘安の役に続く三度目の元寇を防ぐため、上松浦水軍から独立した波王水軍の若きリーダー・小四郎が玄界灘から南海までの広い海域で自らの船団を駆使し、元の輸送船を攻める。そして後の明の建国者・朱元璋に協力し、元の衰退を早めさせる。

 

リーダーとしての率先垂範、部下の死を最小限にとどめようとする意志、訓練統率された水軍、そして信賞必罰のなかでの情など、小四郎のリーダーシップは卓越していた。

北方謙三の作品は「望郷の道」に次いで2作目だが、これも彼のハードボイルド作家としての面目躍如たる作品として仕上がっている。

「叛徒」(下村敦史、講談社)

2015/04/03

警視庁通訳捜査官の中学生の息子が、いじめから不登校になり、チャットで知り合った仲間と新宿歌舞伎町で中国人狩り(一人歩きの中国人を集団で暴行する)に加わる。捜査官の義父が義父と同期の刑事を守るために自殺したことで、主人公の妻は夫に対する不信感を募らせる。一方、夢を持って来日した中国人研修生らは過酷で違法な労働を強いられる。そこには金目当ての中国人と日本人が介在していた。そして研修生の一人が歌舞伎町で殺される。これらに関係した息子が中国人マフィアに拉致されたと考えた主人公は、息子を救出するために叛徒となって行動を起こす。

 

叛徒とは組織に背いた者の意味。主人公だけでなく、警察内部の者、中国の送り出し機関と癒着した入国管理局警備官らも叛徒だった。

人は誰しもなんらかの事情を抱え、様々な過去を背負って生きている。自分が正しいと思った行動が思わぬ結果を引き起こす。自分の心を守ることばかり考えていると、大切な人を傷つけることもある。この小説は、それぞれの叛徒を通して、そのことを描く一気読みの作品だ。

「老人たちの裏社会」(新郷由起、宝島社)

2015/04/06

近年、高齢者による万引き、殺人、暴行、性犯罪などの検挙数が増加傾向にあるという。たとえば万引きの主な動機は「貧困」と「孤独」。行為に及ぶ際の緊張感やスリル、ちょっとしたお得感、成功後の開放感や達成感などの感覚は、犯罪者にとって「非常に成功率の高いギャンブル」に過ぎず、仮に捕まったとしても「年寄だから許してもらえる」という甘えがある。そして「自分は悪くない。人生の終盤で心豊かにいられないのは配偶者や社会のせい」と自己保身を図る。

 

高齢者の万引き、ストーカー、暴行・DV、売春、ホームレス、孤立死などの生態を描いた本書を読むと気が滅入る。中でも「他者との関わりを拒絶して社会的接点を持たず、自宅に閉じこもって暮らし、誰にも看取られず死んでいく孤立死」の7割が男性というデータには驚く。なぜなのか。生活に足る経済力や見守ってくれる家族があれば、孤立死の率は下がるのか。

人はいつか死ぬが、この本は「長生き」が本当に万人に幸せなのだろうかと問題提起する。確かに高齢者の犯罪は「長生き」に起因するとはいえ、やはり犯罪理由を「長生き」にするには無理がある。たとえ「長生き」したとしても、自己を律するしかない。