「とっぴんぱらりの風太郎」(万城目学、文芸春秋)

2014/10/31

2014年本屋大賞ノミネート作品。ん?この一冊も自分には時間の無駄だった。

 

「とっぴんぱらり」とは秋田県地方において昔話等の物語の最後を締める結語で、後ろに付く言葉は「~ぷぅ」。だから、伊賀忍者の落ちこぼれ、主人公の風太郎を「ぷうたろう」と読ませたのか。

約750ページの長編。後半はセリフの部分だけを飛ばし読みするほど、全体的に散漫な内容だった。時代的背景は豊臣家最後の大阪城落城だが、作者のテーマは何だったのだろう。秀吉の馬印・瓢箪を物語に入れたのはなぜか。

「親鸞完結編(上・下)」(五木寛之、講談社)

2014/11/15

親鸞三部作終結。本書は著者があとがきで「正確な伝記でもなく、格調高い文芸でもない。この物語は事実をもとにして自由に創作されたフィクションである。本来は『小説・親鸞』と題すべきだったのかもしれない」と書いているように、内容は難しくなく、娯楽性のあるストーリーで気楽に読める。

五木寛之は49歳の時、二度目の休筆に入り、龍谷大学の聴講生として仏教史を学び始める。後年、彼の著作は古寺巡礼も含め、「他力」や「慈悲」などをキーワードに仏教関係が増えてきた。仏教、特に親鸞や蓮如に傾倒するようになった内面の変化は何が契機だったのか。

この夏、彼の講演を聴いた。82歳にしては姿勢はまっすぐで、声もしっかりとしている。胸の中に「陰」を持ちながらも、一時間半を飽きずに聴けたのも、話題の抱負さと思索の深さによるものだろう。

「土漠の花」(月村了衛、幻冬舎)

2014/12/25

アフリカ・ソマリアでの海賊対処行動に従事するジブチの自衛隊活動拠点に、墜落した有志連合海上部隊連絡ヘリの捜査救助要請が入った。海上自衛隊とともに派遣海賊対処行動航空隊を構成する陸上自衛隊第一空挺団は精鋭計12名の警衛隊を編成、急ぎ墜落地点を目指した。

現地に着くと、全員武装のソマリア民兵に追われる女と遭遇。女はソマリア小氏族の娘。敵対する部族は、彼女が世界の最貧国として知られるソマリアに石油資源が存在すること知り、そのことをアメリカなどの第三国に伝わることを恐れて、一族を虐殺しようとしていたのだ。

警衛隊は彼女を保護しようとするが、民兵に対抗する武器はほとんどない。さらに想像を絶する濁流、酷暑、砂嵐という究極の極限状況。孤立無援の中でのスピーディで息を切らさぬ激闘シーンは迫力がある。本書で自衛隊海外派遣活動の一端を初めて知った。

「アポロンの嘲笑」(中山七里、集英社)

2015/01/13

福島原発事故を題材にした警察小説。小学生の時、阪神淡路大震災で両親を亡くし、叔父に引き取られて高校まで過ごすが、卒業後、転職を繰り返し、高給に魅かれて東日本大震災による福島原発事故復旧作業員になった若者が、酒乱で殺人罪を犯し服役して出所した恋人の兄を、彼女の家での酒の席で刺殺する。彼はいったん逮捕されるが、警察に向かう途中、東日本大震災の余震でパトカーが止まった時、手錠をはめたまま逃亡する。あえて逃亡を図った若者には目的があった。その目的とは、恋人の兄が中国の工作員に脅されて原子炉建屋に設置した爆発物を取り除くことだった。中国は原子炉爆発による放射能で日本を壊滅させようとしていた。男を取り逃がした刑事の追跡劇が始まる。

本書では、自己保身や弥縫策を図る当時の菅政権や官僚、被害者意識に凝り固まる東電、利権の甘い汁を吸い続けてきた政治家、原発の安全神話作りに加担してCMを流し続け、莫大な広告料で潤っていた新聞やメディア、そして原発の再稼働をもくろむ安倍政権についても触れている。

震災直後の3月の寒さ、傷、空腹の中でひたすら原子炉建屋に向かう若者、震災で息子を失いながら若者を追う刑事、原発破壊による日本の壊滅と国債暴落による外貨獲得を図る中国、そのテロ活動を防ごうとする公安…。結末は予想した通りだったが、面白かった。

「鳳雛の夢」(上田秀人、光文社)

2015/01/24

伊達政宗一代記。鳳雛(ほうすう)とは鳳凰のひな。転じて、将来すぐれた人物になることが期待される少年を意味する。

初陣は16歳。秀吉や家康の探謀遠慮や猜疑心に翻弄されながらも、奥州独立を目指した。しかし、その夢が叶わなかったのは時の流れだけでなく、「少しでも自分の兵を殺さない」「大切な者を死なせたくない」という思いに一因があった。秀吉や家康のように覇権を求めたのは同じだが、彼は「一将功なりて万骨枯る」という当主になるつもりはなかった。

しかし歴史は過程ではなく、結果を見る。特に戦国乱世の時代には、どんなに残虐非道な行いであっても、人は覇者にこうべを垂れる。一方、正宗は「藩をつぶさず数千の家臣を路頭に迷わせない」ことを選んだ。そのことに後悔はあっただろうが、リーダーとして「人を大切にした」ことは評価すべきである。享年70歳。