「ごんたくれ」(西條奈加、光文社)

2015/08/29

時代は江戸中期(18世紀後期)。当代一と誉れ高い絵師・円山応挙の弟子・吉村胡雪こと彦太郎と、応挙の絵を絵図とこき下ろし、我こそ京随一の絵師と豪語する深山箏白こと豊蔵。二人は共に「ごんたくれ」(頑固な変わり者)であるが、絵師としてお互い認め合い、それぞれ名声を高めながら数奇な人生を歩んでいく。

モデルとなったのは、後に「奇想の画家」と評される絵師、長沢芦雪(ながさわろせつ)と曾我蕭白(そがしょうはく)。事物の姿形に忠実な写生画を描く応挙とは対照的に、彼らの絵は躍動感に満ちている。時に奇抜なアイデアで見る者を楽しませ、また時には禍々しい情念を纏う。円山応挙だけでなく、池大雅、伊藤若冲、与謝蕪村らも登場し、京画壇華やかなりし頃を想起させる。

人は老醜、貧苦、病、飢餓などの難に蝕まれ、嫉妬や恨みや欲にまみれながら生き続ける。ふたりはそれぞれ強烈な自意識をもつ「ごんたくれ」だが、さらに家族を失うという辛苦も味わう。そして、その矜持と苦悩が各自の個性ある作品となっていく。

「誓約」(薬丸岳、幻冬舎)

2015/09/02

埼玉・川越でカクテルバーを営む主人公は、妻子と幸福な家庭を営んでいた。しかし、一通の手紙が彼の下に届いたことから、生活が暗転する。

主人公は子供の頃、顔半分の痣の醜さから親に見捨てられ養護施設に入る。しかし、そこを出た後は凶暴性から数々の事件を起こし、刑務所行きとなる。出所後、博打で大きな借金を作ったため、やくざに拉致されるが、隙をみて3人のやくざを傷つけ、追われる身になる。そんな時、高校生の娘を昔強姦致死された母親と出会い、娘の仇である二人を殺してくれたら、逃亡費と整形費用を出すと迫られた。母親は子宮がんで余命いくばくもなかった。主人公は迷った挙句、もらった金で整形し、名前と戸籍を変え、結婚した・・・。

一通の手紙は、「仇の殺人犯二人が出所した。約束通り二人を殺さないと、お前の過去を明らかにし、家庭を壊す」という脅迫文だった。差出人は死んだはずの依頼主の母親。二人の所在をGPSで監視し、主人公に殺人を迫る。

二人の殺人犯追跡の迫力と緊張感、そして主人公を操る依頼主の正体。楽しめた一冊だった。

「ザ・原発所長(上・下)」(黒木亮、朝日新聞出版)

2015/09/19

飛ばし読み。上巻は主人公(モデルは亡くなった吉田所長)の履歴や原発稼働中の事故や利権、不正が中心に描かれ、面白くない。ハイライトというべき震災後を描いた下巻後半部分もセリフのみで読み流した。著者は何のためにこんな長編を書いたのか。自分の原発に関する知識をひけらかすためか。小説であるなら、もっと主人公の人間性に文字数を割いてほしかった。

東京電力福島第一原発事故に対する東京電力本店や民主党政権の混乱の中で、主人公は被害を最小限に抑えようと努めるが、結果的に上層部や政府の意向に振り回され、思うように事が進まない。そして、復旧が始まったばかりの時、胃がんで死ぬ。電力会社の社員は、高給取りのエリートと揶揄されることがある。しかし、この吉田所長の行動には男気を感じる。

「この仕事をしてつくづく分かったのは、電力業は政治家とやくざと建設会社のマネーマシンで、官僚の天下り先だということだ」

「卜伝飄々」(風野真知雄、文芸春秋)

2015/10/31

戦国時代、剣聖と呼ばれた塚原卜伝を描く。しかし物語性に刺激がなく、主人公の内面も今一つ伝わってこない。卜伝は連戦連勝。彼の腕を認めて、室町幕府13代将軍足利義輝はじめ多くの者が弟子となるが、そこも淡白な表現になっている。最後の部分で宮本武蔵が登場するが、剣豪小説として吉川栄治の「宮本武蔵」には遠く及ばない。

卜伝は、父祖伝来の鹿島古流(鹿島中古流)に加え、天真正伝香取神道流を修めて、鹿島新当流を開いた。「宮本武蔵」同様、修業時代の主人公の悩みや苦しみにもっと深く触れてほしかった。強さや精神的余裕の部分が多かった。

「空に牡丹」(大島真寿美、小学館)

2015/11/09

この本も期待外れ。依然読んだ「竿師一代」のように職人としての生き方を期待していた。「空に牡丹」とは牡丹のような美しい花火で、それを打ち上げる花火師としての技術だけでなく、彼の成長する過程での喜怒哀楽が書かれていると思い手に取った。しかし、確かに主人公の花火師としての経歴は表現されているが、彼を取り巻く多くの登場人物の記述も多く、その分、主人公の存在が薄められている。

人にはそれぞれの出会いがあり、その結果としての人生がある。しかし、本書はほとんど小説に求める「ハラハラ、ドキドキ」、つまり想定外の事件や自分自身への啓発もなく、淡々とストーリーが語られる。これで、次回の著者・大島真寿美への選択はなくなった(他作品は、もしかしたら面白いものがあるかもしれないが)。