「満願」(米澤穂信、新潮社)

2015/01/25

「万燈」は5作品からなる当短編集の中の1作。アジア最貧国とも言われるバングラディシュに赴任した日本人商社マンが、現地の奥深い村の近くにある天然ガス資源の採掘権を求めて、その村を訪れる。しかし、そこには、フランス企業に勤める日本人も同じ目的で来ていた。採掘権認可の条件は、認可に反対する村のメンバーを殺すこと。二人は意を決して、そのメンバーを夜、車でひき殺す。しかし、そのことに怯えたフランス企業の日本人は、退社して日本へ帰国。日本人商社マンも二人の殺人が表に出ることを恐れ、彼を殺そうと帰国する。エピローグは、フランス企業の日本人は現地でコレラにり患し、日本人商社マンが殺さなくても、死ぬ運命にあった。そして、彼に接触したために、日本人商社マンもり患してしまった。

 

中国の経済成長の影響もあり、世界中で資源エネルギー獲得競争が熾烈化している。世界を股にかけて活躍する商社マンは過酷な環境の中で、日々ビジネスを戦っている。しかし、任務に忠実なあまり、このように自分の人生を狂わせてしまう商社マンもいるのだろう。(ちなみに、4作目「関守」ラストの展開も面白かった)

「星々たち」(桜木紫乃、実業の日本社)

2015/01/29

北海道を舞台にした全編9章からなる小説。各章はそれぞれ異なった人物の生活が中心に描かれるが、そこに塚本千春という女性と母、娘が絡んでくる。3人は各々の人間関係を作りながら不運な境遇の中を生きていく。最終章で出てくる「星々たち」という本には千春の生涯が書かれていた。中学時代からの母親との別居、ストリッパー経験、二度の結婚と離婚、現代詩教室通い、40歳を過ぎてのレストラン勤め、交通事故による片足切断、そして松葉杖を手に母を求めていくが・・・。

 

「星はどれも等しく、それぞれの場所で光る。いくつかは流れ、そしていくつかは消える。消えた星にも、輝き続けた日々がある」。3人は離れ離れに暮らし、家族の団らんや温もりを感じることはほとんどなかった。父親との縁も薄かった。世の中には、このような境遇に生きる女性も多いだろう。彼女らにとって、「輝き続けた日々」はあったのか。哀しい思いが残った。

「心中しぐれ吉原」(山本兼一、角川春樹事務所)

2015/01/31

2014年、57歳で肺腺癌のため亡くなった著者の作品は、「利休にたずねよ」に続いて2作目。

 

札差の旦那として大店を構える文七には7つ下の女房がいた。その女房が若手役者と出逢茶屋で逢い、その二階で二人の死骸が発見される。役人や出逢茶屋の関係者らは女房による無理心中として事を収めようとしたが、文七は殺されたのだと疑う。そして最後に真実が判明する。一方、文七には身請けを誓った吉原の花魁がいた。そして四十九日が過ぎた後、女房の死因を究明しながらも店を譲り、大枚をはたいて彼女を身請けする。しかし、新たな幸せが始まったばかりの時、文中の「幸いの紙一重下には、とんでもない不幸がたくさんあるんだよ」の言葉通り、文七の身に不幸が襲った。

この作品の中で男女の睦みが何回も描かれるが、決していやらしくない。また資産家であるが金の使い方が下品ではない。世の中には、女性経験や金を持っていることを自慢げに吹聴する男もいるが、文七はそうでなかった。女房や花魁を心から愛し、生きた金を使った。

「売国」(真山仁、文芸春秋)

2015/02/06

検察庁特捜部検事とロケット工学の若き女性研究者の二人を軸にストーリーが展開する。

  戦後の日本は、多くの技術革新で経済成長を遂げてきた。中でも原発とロケット開発の最先端技術はアメリカにとっても脅威となった。アメリカはそれらの技術を自国のものにしようと画策し、巨額の賄賂を使って有力な政財界人や技術者を「アメリカのスパイ」「売国者」として取り込んでいく。田中角栄や小佐野賢治のロッキード事件が思い出される。現代でも、そのような「売国者」は存在するのだろう。

本作には書かれていないが、中国でも日本の技術を虎視眈々と狙っている。技術力のある日本企業を優遇措置で中国に進出させ、ある程度の技術を取ると手のひらを返したように難癖をつけて撤退させる。多くの日本企業は泣き寝入りだ。

  近年、理系のノーベル賞受賞者に日本人が選ばれることが多い。日本には画期的研究や技術力の蓄積があるが、それらの地道な活動の成果をアメリカや中国は陰謀ともいうべき手段で自分のものにしていく。そこには金や権力に目がくらんだ「売国者」が手を貸しているのだ。

「宇喜多の捨て嫁」(木下昌輝、文芸春秋)

2015/02/11

東の信長、西の毛利に挟まれながら、備前美作の戦国大名・宇喜多直家は親兄弟を殺しても、また「狡兎死して走狗烹らる」の如く不要になった重臣を簡単に切り捨てても、己の権力を維持しようとする。その残忍とも言うべき梟雄は裏切りを繰り返し権謀術数を弄し、四女於葉(およう)も人質の「捨て嫁」として後藤家に嫁がす。

一夜にして天上人が首なしの死体となる乱世、下剋上の戦国時代、梟雄は自国の民を犠牲にしても自らは生き延びようとした。それを人としてやむを得ない正義とすべきなのか。