「黒書院の六兵衛」(浅田次郎、日本経済新聞)

2014/05/04

最後まで主人公の正体が不可解だったせいか、読後も消化不良の印象は否めない。時代が江戸から明治に変わろうとした幕末、何のために旗本職を金で買い、大政奉還となった江戸城に居座ったのか。

「椿山課長の7日間」、「蒼穹の昴」など多くの他作品に比べ、今回は結果的に「今ひとつ」だった。

「首都崩壊」(高嶋哲夫、幻冬舎)

2014/05/20

ほぼ同時に、2つのレポートが総理の元に届けられた。ひとつは、5年以内に90%以上の確率で首都圏に巨大地震が起こると大学准教授が予測した「東京直下型地震の発生確率」、もうひとつは、アメリカ・ジョージタウン大学国際経済研究所の「日本経済崩壊が及ぼすアメリカ合衆国、および世界における影響」。

巨大地震が発生すれば、東日本大震災同様、おびただしい数の死傷者だけでなく、建物、道路、電気、水道、ガス、交通などのインフラ崩壊や都市機能マヒにより、経済、生産、金融などの面で多大な経済損失が出る。その結果、日本発の世界大恐慌が発生する。

東京直下型巨大地震や富士山大噴火が週刊誌やテレビの題材になって久しい。この小説は、首都移転をキーワードに、新旧キャリア官僚、敏腕女性記者、日米政府閣僚、ヘッジファンドや世界的格付け会社のCEO、日本人建築家らが登場し、現実性、緊迫性をもって一気に読ませる。

「海と月の迷路」(大沢在昌、毎日新聞社)

2014/05/27

その外観から軍艦島とも呼ばれた長崎県端島。現在は無人島だが、唯一の産業である石炭採掘で栄えた昭和30年代、炭鉱関係者やその家族らが生活する端島は、世界一の人口密集地だった。表紙の写真を見ると、こんな緑の全くない狭い島に当時5000人以上の人間が暮らしていたのか、と驚かされる。

満月の夜、女子中学生が行方不明となり、翌日、海上で死体として発見される。島に赴任したばかりの若い警官は、これを自殺や事故ではなく、殺人事件として疑い、密かに捜査を始める。そして、大型台風が島を襲った日、ついに犯人を追いつめるが・・・。

大沢在昌の作品は、代表作の「新宿鮫」シリーズを何冊か読んだことがある。彼の趣味は釣り。それが、事件解決のヒントとして描かれる。未熟だが健気な若き警官と、職員、鉱員、組夫として、この島で働く「過去に訳アリ」のそれぞれの男たちの反目と信頼が、この作品を引き立てている。

「錨を上げよ(上・下)」(百田尚樹、講談社)

2014/06/01

昭和30年、大阪に生まれた主人公の波乱万丈、奇想天外、支離滅裂、そして竜頭蛇尾な青春小説。哲学、思想、文学、音楽、歴史など、著者の広範な博識と想像力に敬服する一方、上下巻で約1200ページ、とにかく長い。後半は各段落の最初の1行と会話部分のみの飛ばし読みで、やっと読了。

落ちこぼれで喧嘩早い悪ガキが、家族、友人、女性、同僚など多くの人々との接触を通して、大人になっていく。高校卒業後、スーパーに就職するがすぐに退職。一念発起して猛勉強し、大学に入学するものの中退し、上京。麻雀店、レコード店、パチンコ屋の店員、肉体労働、運送会社社員、水商売の呼び込み、北海道でのウニの密漁、放送作家、そしてタイ人女性の日本への送り込みと、どこまでが著者の実体験か不明だが、女性との離別を転機に、仕事も目まぐるしく変わる。

あれだけ多くの人と出会い、さまざまな仕事を経験すれば、主人公の「僕」は、よりスケールの大きな人間に成長してもいいと思うが、大人になっても、やっていることは悪ガキ時代の延長の感がある。長編に著者も疲れたのか、エピローグは尻切れトンボで、手抜きの印象も受ける。

「生命の未来を変えた男」(NHKスペシャル取材班、文春文庫)

2014/06/05

副題は、「山中伸弥・iPS細胞革命」。人の体はおよそ200種類の細胞が60兆個集まってできているが、山中教授が発見したiPS細胞(人口多能性幹細胞)は、ヒトの皮膚の細胞に4つの遺伝子を入れることで、細胞の初期化が起こり、そのほかの組織や臓器の細胞に変化する万能細胞で、再生医療、創薬、病態再現(病気のメカニズムの解明)など人類の生命や未来を切り開く可能性を秘めた細胞として期待されている。また、ES細胞のように受精卵を壊すという倫理的問題も克服した。

2012年にノーベル賞を受賞した山中教授の強い思いは、「どうすれば、一日も早く、患者さんの役に立てるか」。がん化のリスク、数兆円ともいわれる莫大な利益をもたらす熾烈な特許取得競争、国家プロジェクトとしての知的財産保護や研究者支援など課題は多いが、このiPS細胞の発見は世界中の研究者を刺激し、人類のための具体的な成果は日々加速している。