「受難」(帚木蓬生、角川書店)

2016/08/25

        

2014年4月16日、韓国南西部の珍島沖で大型フェリー「セウォル号」が沈没した。乗客への不適切な避難誘導の結果、死者・行方不明者の合計が修学旅行生を含め300名を超える大惨事となった。

そのころ母と二人で滝壺に転落し水死したとされた女子高校生はるかも実はこの事故の犠牲者だった。しかし彼女は最先端のiPS細胞による再生医療と3Dプリンタ技術によって、レプリカとして再生する。

祖父と暮らすことになったはるかは、沈没事故から救出された高校生らと連絡を取りながら事故の真相に迫ろうとするが、レプリカである彼女の身体には数ヶ月で皮膚に亀裂が生じ、顔も老婆のようになって、何度も3Dプリンタによる修復を繰り返さざるをえない状況が生まれた。「お嬢さまは会長のお孫さんではなく、実のお子さんです」。再生後半年して彼女は自殺する。祖父の正体は何だったのか。

iPS細胞と3Dプリンタ技術によるレプリカとしての再生というアイディアが斬新だった。

     

「兄弟」(なかにし礼、文芸春秋)

2016/11/09

        

作詞家で小説家のなかにし礼の自伝小説。「兄貴、死んでくれて本当に、本当にありがとう」と最終章に書かれているように、14歳の年の差がある兄に翻弄され続けた著者の人生を描く。

兄は特攻隊員として帰国後、自分勝手で、でたらめな日々を送り、好きな事をやりたいだけやって死んだ。金もうけのためにさまざまな事業に手を出すが、その事業はばくち同様で、すべて失敗。1億を超える多額の借金を作るが、返済は弟にさせるという依存心と甘えがあった。一方、弟は終戦後、母と姉と共に中国黒龍省から必死の思いで母の実家の北海道小樽に帰り、後に家族と上京。貧乏の中で立教大学に入学するが、生活に追われ中退。シャンソンの訳詞を契機に、石原裕次郎との知遇も得て徐々にヒットメーカーの地位を得ていく。しかし、兄が死ぬまで弟は常にその存在に苦しめられていた。

他人の迷惑など一切気にせず、反省もせず、好き勝手に生きた兄にも悩みや苦しみはあったのだろう。しかし、それは許されるものではない。波乱万丈と言えば聞こえはいいが、母や弟あってこその兄の人生だった。

「女ってのは、いいもんなんだよ。優しくって、柔らかくって、丸くって、温かくって、奥が深くって、美味しいんだよ」

     

「羊と鋼の森」(宮下奈都、文芸春秋)

2016/11/17

羊の毛を薄く板状に圧縮して作られたシート状製品のハンマーが鋼の弦をたたく。そのピアノ調律師の物語。主人公は高校時代の一人のピアノ調律師との出会いによって、その道に進む。ピアノを通しての調律師と弾き手それぞれの人生。ピアノの音色が喜びと落胆を生み出す。楽器をテーマにした小説は、もっとあっていいかもしれない。

「才能ってさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。どんなことがあっても、そこから離れられない執念とか、闘志とか、そういうものと似てる何か。俺はそう思うことにしているよ」

     

「紙の城」(本城雅人、講談社)

2016/11/19

        

書籍や新聞などの紙媒体需要がパソコンやスマートフォンのネット媒体に移行し、全体的に売り上げが減少している。なかでも新聞は年々発行部数が減り、それに伴って販売店も減っていく傾向にある。ほとんどの若者は新聞を購読しなくても、ネットでニュースなど世の中の動向をほとんど無料で入手できる。紙媒体は今や斜陽産業である。人口減の中、書籍はまだしも、新聞の未来は厳しい。

大手テレビ局傘下にある中堅新聞社が、新興IT企業から買収を迫られる。しかし、自分たちの新聞社を人の手に渡してはいけないという記者らの熱意と奮闘で買収劇は終了する。ハッピーエンド。

     

ドッグファイト(楡周平、KADOKAWA)

2016/11/21

アメリカに本社を置く世界的ネット販売会社S社が日本に進出し、さらなる市場拡大を図る。一方、大手宅配会社K社はシェアを増やすためにS社の一方的な宅配料に甘んじる。S社の売り上げがK社の全売り上げの3割に達するものの利益はほとんどない。しかし、S社は野菜など生鮮食料品の全国配送を意図し、K社にさらなる要求を突き付ける。

S社の合理的すぎる企業姿勢に反抗心を抱き、いつまでもその思い通りにさせないとK社は自分では買い物に出かけられない高齢者を対象とした地域密着の配送を企画し成功する。S社とK社の立場が逆転し、ドライなビジネスに傲慢になっていたS社の女性担当者は解雇される。

勧善懲悪のストーリーが心地いい。アマゾンを想起させるS社も配送あってこその企業存続であることを忘れてはいけない。