「御用船帰還せず」(相場英雄、幻冬舎)

2015/11/23

前出の「小説 新井白石」では、本書の主人公荻原重秀は貨幣改鋳で悪貨を乱発し民の信用を失わせた元凶として登場する。しかし本書では「(荻原重秀は)新井白石に失脚させられた不届き者という評判が一般的だが、佐渡では『近江守様時代』と非常に慕われていた奉行様」と書かれている。人物評は、時代や立場によって異なるという一例だ。

                

綱吉の時代、凶作で米価が高騰。経済が悪化し、佐渡金山から採れる金の産出量も枯渇しかかっており、幕府の財政は窮迫していた。一方で大店が勃興し、市中を行き交う小判は増え続ける。そこで、綱吉は重秀に財政改善を命じ、重秀は一計を案じる。それは佐渡で採れた金10万両を積んだ御用船を江戸に向かわせないことだった。大量の小判が姿を消せば、市中全体に流通する金が不足し、大店が所有する小判を放出せざるを得ない状況を生み出し、貨幣改鋳ができるという狙いだった。重秀の手下である微行組と重秀をよく思わない北奉行所の隠密廻の対立と策略が繰り返される。そして消えた10万両はどこへ。

「呪文」(星野智幸、河出書房新社)

2015/11/26

読みだす前、この本は、衰退していく商店街を、有村浩の「三匹のオッサン」のように正義の味方が現れて、痛快に商店街を活性化させていくストーリーと勝手に考えていた。前半は確かにクレーマー対応があり興味を持ったが、後半は全く違う「クズとは死ぬことと見つけたり」という呪文がテーマになっていき、読むのに醒めてきた。著者はこの本で何を言いたかったのだろう。

 

「虚栄」(久坂部羊、角川書店)

2015/11/29

がん撲滅のための国家プロジェクト「プロジェクト4G」が立ち上がる。4Gとは日本でもトップレベルの大学による抗がん剤、放射線治療、手術、免疫療法の4グループのこと。このプロジェクトには5年間で8千億の予算が当てられるため、本来の目的である協調的な研究開発ではなく、覇権争いが起きる。その過程で、大学医局制度の旧態依然たる閉鎖的な上下関係や医局の教授、准教授、筆頭講師らの自己正当化、エゴ、そして医療機器メーカー、製薬会社ら、それぞれの医療関係者の思惑が描かれる。

     

いまやガンは死因の二分の一となる病気だけに、国家プロジェクトの立ち上げは時代の要求に沿っているといえるが、一方で画期的な治療法の開発は遅々として進まない。現役の医者である著者だからこそ書ける醜い医療業界内部の実態を、約460ページの長編で飽きさせずに読ませる。

 

「結局は時代の限界なんですよ。今は医学が進んでいるから、何でもわかるはずだと考えている人が多いようですが、決してそんなことはない。実際は分からないことだらけです。何でもわかるように見せかけているのは、医学の虚栄ですよ」

→ 参考

「禁断のスカルペル」(久間十義、日本経済新聞出版社)

2015/12/05

スカルペルとは医療用メスの事。不倫が発覚し、主人公の女医は一人娘を残して離婚。東北の地方病院に流れていく。彼女はその病院で腎臓移植の技術を高め、最先端のチーム医療に携わる。医学界や医療医薬業界の権謀術数に巻き込まれながら、腎不全の患者たちを救おうとしていく。

現在、日本で人工透析を受けている患者は20万人いるという。しかし透析は腎臓を治す手段ではない。一方、腎臓移植には腎臓を提供するドナーが必要で、希望しても手術が叶うとは限らない。また死んだ人からもらう死体腎移植は臓器提供が少なく、受けられる可能性は非常に低い。そこで医療チームが考えたのはガンの腎臓を修復して移植することだった。

 

「真田幸村 真田十勇士」(柴田錬三郎、文春文庫)

2016/01/07

2016年のNHK大河ドラマは「真田丸」。真田丸とは豊臣方の本丸・大阪城を守るために真田幸村(信繁)が近くに築城した城砦の事。家康を最も恐れさせた男と言われた幸村を主人公にした代表的な小説は、司馬遼太郎の「城塞」や池波正太郎の「真田太平記」などが知られる。

十勇士の一人である三好清海入道は石川五右衛門の子、家康は幼少時、今川家に人質になったとき男根を切断され、二代将軍秀忠は影武者の子であった、また幸村が本物の家康を捕え殺すことのできた千載一遇のチャンスに、家康を影武者として放免してしまった、秀吉の子・秀頼を、山田長政を頼ってシャム(現在のタイ)に逃がそうと画策したが頓挫、そして智謀の軍師・幸村に天は味方せず、大阪夏の陣で大阪城はついに炎上…など、この小説は史実に奇想天外な嘘やフィクションが加えられ、「あの時、ああなっていれば歴史は変わっていたかもしれない」と思わせ、幸村の入門書として面白く読めた。

 

「滅びゆく者が、覇者に立ち向かう場合、その誇りとするところは、おのが刻苦修練せし術を、死力を尽くして発揮する一点にあり。真田幸村とその股肱十勇士が、人間離れしたる働きをなしたる所以もここにあり」(まえがき)