「冬の光」(篠田節子、文芸春秋)

2016/04/15

大手企業に勤め、裕福な家庭を持った主人公。その主人公が早期退職し、四国八十八ヶ所巡りを終えた後フェリーから落ちて死ぬ。自殺だったのか。次女は、父親の形跡を負うため、ゴールデンウィークを利用して四国へ行く。主人公が学生時代から付き合っていた女性の東日本大震災での死、その女性の存在に気付いていた妻…。主人公はなぜ四国巡礼をしたのか。

悠々自適に晩年を過ごすことは、経済的、健康的に、ほとんどの人にとって難しいかも知れない。家族があっても、人は所詮一人。それぞれの人生がある。本書は、男女、夫婦、親子などの関係、人間の死や思いなどを描く。

「彼女は、かつては美しかった。それが今、妖怪じみて見えるほどに変貌してしまった」

「良い大学を出たところで、できることはサラリーマンだけだ」

「風待心中」(山口恵以子、PHP)

2016/05/15

本作によると、六月のことを風待月というそうな。周囲から将来の優秀な蘭法医を期待された主人公の青年。彼の父は早く亡くなり、貧しいながらも我が子の成長だけを生きがいに、着物の仕立てをしながら真摯に生きる母。彼を取り巻く蘭学の師、仕立て納入先の大店の妻や叔母、主人公の師宅で彼に恋心を抱き賄いをしながら健気なく生きる娘、主人公に対する思いを持つ師の娘…。しかし主人公にとっては、恋愛や結婚よりも自ら修めた蘭医学で人々を救うことが最大の目標だった。そして本編を構成する少女殺しの真犯人は誰だったのか。「風待心中」の心中とは誰と誰が死んだのか。悲しさややるせなさ(どうしようもない気持ち)で心が残った江戸人情物語だった。

悲しさややるせなさ(どうしようもない気持ち)が心に残った江戸人情物語だった。

「暗幕のゲルニカ」(原田マハ、新潮社)

2016/05/20

1937年、スペイン内戦の際に、ナチス・ドイツによるゲルニカ地方無差別空爆は多くの犠牲者を出した。すでに巨匠と言われていたパブロ・ピカソはそのことに怒りを爆発させ、代表作「ゲルニカ」をパリで描いた。「この絵を描いたのは、貴様か」「いいや。この絵の作者は・・・あんたたち(ドイツ軍)だ」

ピカソの愛人の一人ドラ・マールは、「ゲルニカ」の制作過程を写真で撮り続ける。一方、2001年9月11日のニューヨークテロ事件で夫を失った、もう一人の主役、ピカソ研究者の日本人女性・揺子は「ピカソの戦争」というタイトルの展覧会を企画するが、その目玉「ゲルニカ」の展示が阻まれる。そして、ピカソの「鳩の絵」によってドラと瑤子の二人が時を超えて、つながっていく。

「ゲルニカ」をめぐる20世紀と21世紀の交錯。著者自身が美術史を学び、関連実務を経験してきただけに、史実に基づいたストーリーはフィクションと相まって、一気に読んだ。

「我が名は秀秋」(矢野隆、講談社)

2016/05/27

「歴史とは生き残った者が紡ぐ過去である」。本書の最終行に、そう書かれてあった。関ヶ原の戦いで西軍の小早川秀秋が東軍に寝返りをしなかったら、その後の日本史は変わっていたかもしれない。寝返りの主たる要因は、(秀吉が後継とした)秀秋の実兄を自刃に追いやった義父・秀吉への怨念や不信感。そのことで、豊臣方でありながら、裏で家康と通じた。

秀秋は秀吉の正室・北政所(高台院)の兄の次男として生まれ、後に10代で小早川隆景の養子となり、小早川家の当主として筑前・筑後・肥前を継承する。登場人物それぞれの知略、策謀、武勇などに鍛えられ、成長していった秀秋だったが、関ヶ原の戦いの後、家康の手によって暗殺される。享年21歳。

「己を信じられぬから、流されておると思う。流されておると思うから、才が無いと感じるのじゃ」

「愛嬌の裏にある闇こそが、秀吉の本質なのだ」

「人の痛みを知り、己の痛みを知れ。すべての痛みを踏み越え戦う。それが武士ぞ」

「血の繋がりや暮らした歳月だけが家族を作るのではありません。相手にかける情の質、重さ、量。家族と呼べる存在を形作るのは、結局、自分自身の思いが何処にあるかなのです」

「理はしょせん理でござる。人には情がござる。怒り泣き笑う。それが人にござる。理で推し量れぬもの、それが情にござろう」

「流」(東山彰良、講談社)

2016/07/16

中国・青島に住んでいた主人公の祖父は、国共内戦で台湾に逃れてきた。中国では共産主義者と戦い、多くの無辜の民も斬殺した。その祖父が殺される。犯人は、主人公や祖父と親しくしていた叔父だった。主人公は、真実を確かめるために叔父を追って、日本経由で青島へ渡る…。

気丈な祖父の正体と死、若き日の不良時代、腹違いだった年上の娘との恋愛、台北の街並みと青島の貧しい農村、会社員として東京出張時に知り合った台湾女性との恋愛と離婚などを通して、主人公の人生「流」が描かれる。

「いいことがあったときほど用心しなきゃならないんだ。自分ひとりの力で幸運を引き寄せたなんて思いあがっちゃだめだぞ。その幸せがいったいだれのおかげなのかを常に心に刻んでおけってことさ」