人はいつ死ぬかわからない。安寧な生活は永遠に続かない。今日生きていることすら、不思議な奇跡なのである。そう考えれば、すべてのものは美しい。

無常観とともに、「死を意識してこそ、生は輝く」と説く徒然草はまた、「時代は変わっても人の有り様は変わらない」ことを色褪せることなく教えてくれる。

徒然草は、「世間を観察する、疎み疎まれずに人と付き合う、欲望をいかに捨てるか、心穏やかに日々を過ごす、品性と教養を高める、限りある人生をどう極めるか、自分らしく生きる」などについてヒントを与えてくれる。

徒然草は、俗な思惑から離れ、閑寂とした時間の中で自分に向き合い、生について考えるための熟読吟味すべき良書である。

                               

俗な思惑から離れ、心穏やかに過ごすために、世間の言葉を過信せず、人付き合いを過密にせず、過大な欲望を捨てて、過剰な暮らしを避ける 

すべての徳は品性による裏打ちによって、はじめて評価される

「品性には、ほかのすべての長所を包括する価値がある。優しく穏やかで、言葉数は多くないが、その言葉が重くて深い人には、いつまでも向かい合っていたい。風格、教養、高潔な精神、心の機微、誠実さ、生きた知恵、気品、繊細な感受性・・・、すべての徳はそのような品性による裏打ちによって、はじめて評価される。品性とは、知性と感性を兼ね備えた人が発する調和の美しさである」(第1段)

余りある財産は苦労と愚行をもたらす

「人は、自分の生活を簡素にし、贅沢を退けて、財宝も持たず、俗世の利欲をむやみに欲しがらないのが立派だといえよう。昔から賢人で裕福な人はまれである」(第18段)

自然の営みに対する感動の心を持つ

「月や草花を愛で、風に心を驚かせ、水の流れに思いを託す風流心や情趣を解する心。そのような自然の営みに対する感動の心、風物に心を映す感性は、人と人とが互いの心の機微を敏感に察知する配慮とも共通する」(第21段)

人の心は移ろいやすい

「人の心は移ろいやすいものである。時が経てば、人も変わり、自分も変わる。そう心得ておけば、相手に過度の期待をかけたり、多くを要求したりせずにすむ。君子の交わりは淡きこと水のごとし」(第26段)

世間は人の死後について無関心である

「年月が経てば、去る者は日々に疎しである。死後も思い出して偲んでくれる人のある間はよいが、その人もまた亡くなって、ただ聞き伝えているだけの末々の子孫は、しみじみと故人を思ってくれることはほとんどないだろう。世間は人の死後について無関心である」(第30段)

われわれの悩み事のほとんどは、人間関係に起因する

「われわれの悩み事のほとんどは人間関係に起因する。家族、異性、知人、友人など大切だから寄り添い、愛しているから束縛し、結果として疎み疎まれ、近くて遠い存在になっていく。だから、時々は普段と違う距離で相手を見ることが必要である」(第37段)

利欲に迷うのは愚かな人である

「名誉、権力、利益、金にあくせくさせられて、静かに落ち着く暇もなく、一生わが身を苦しめるのは、愚かなことである。黄金は山に捨て、宝玉は淵に投げ込むがよい。利欲に迷うのは愚かな人である。余りある財産は苦労と愚行をもたらす。すべてはみな仮のものである」(第38段)

教養ある人は不思議なことは語らない

「世間で語り伝えることは、事実のままで面白くないのであろうか、言いたい放題に作り話をする。教養ある人は不思議なことは語らない。びっくりするような話ほど、過敏に反応せずに一呼吸おいて判断すべきだ。どんな話もすぐに鵜呑みにしないで、どこまで本当かを見極めるまでは軽はずみな行動は控えたい」(第73段)

世俗の関わり合いを離れて、身を静かな環境に置く

「世間に合わせて順応すると、心が外界の欲の穢れにとらわれて惑いやすく、人に交われば、相手の思惑に言葉が左右されて、自分の心のままを表さなくなる。世俗の関わり合いを離れて、身を静かな環境に置き、俗事に関与しないで心を安らかにするなら、人生を楽しむことができる」(第75段)

大切なのは、論ではなく行動である

「大切なのは、論ではなく行動である。手を汚さない批評より、汗して働く偽善の方が、善に限りなく近い」(第85段)

吉凶は人によるもの

「吉凶は人によるものであって、日によるものでない」(第91段)

何のために学ぶのか

「何のために学ぶのかといえば、知識が多く、思考力にも優れていれば、目前の問題を多面的に分析することができるし、それを現実的に解決する種々の方法も考えだせる。人の感情を酌み取りつつ、冷静な対処をするために、文学的な情緒、論理的な思考、歴史的な観点、科学的な検証、芸術的な発想などの鍛錬を積むのだ。学識は、自分の狭量さから解放され、高潔な価値観を得るために必要なのである。自らの至らなさを知り、人を不快にさせないために必要なのだ」(第130段)

死と向き合って、一日一日を丁寧に生きる

死の時期は順序を待たない。死は前からばかり来るのではなく、前もって背後に迫っている。人は皆、死があることを知りながら、死を迎え待つことがそれほど切迫していると思っていないうちに、思いがけずやってくる。沖の方まで干潟が遠く隔っているけれども、突然に磯の方から潮が満ちてくるようなものだ」(第155段)

なんの解決にもならない無駄な話

「世間の人が互いに会って、その話していることを聞くと、多くは益のない無駄話だ。噂や陰口、人の善悪の差しで口・・・。しかし、そのことが無益だということをわかっていない。なんの解決にもならない無駄な話をしている暇があれば、もっと価値あることをすべきだ。いない人の話はやめようよ、という節操と自覚が大事だ」(第164段)

自分の善を誇らず、人と争わない

「自分が主役でなければ気が済まない人は、意外に多い。議論に勝って溜飲を下げたところで、何も良いものは生まれないではないか。自分の善を誇らず、人と争わないことを美徳とする」(第167段)

そんな相手は、無理をせずに遠ざかったほうが賢明である

「自分の言いたいことだけを好きなだけしゃべる。言葉数が多く、聞いている方は身もくたびれる。それに気づかない相手に腹が立つ。そんな相手は、無理をせずに遠ざかったほうが賢明である」(第170段)

心がおのずから静か

「歳とった人は心が淡白で執着しない。感情的に動くことがない。心がおのずから静かなので、無益なことをせず、身をいたわって心配事がなく、他人の迷惑にならないように考える」(第172段)

一生は一瞬の積み重ね、ひたすら今を大切に

「一生は一瞬の積み重ね。遠い将来までの月日を惜しんではならない。ただ目前の一瞬が、無駄に過ぎることを惜しむべきである」(第108段)

愛が日常化し卑俗化していく

「男も女も人を愛さずに生きられるわけもないが、互いを所有物のように扱うと、いつしか馴れ合いになってしまう。そして、愛が日常化し卑俗化していく。緊張感のない夫婦が無関心を持ち寄って一生を添い遂げたところで、どれほどの充実感が得られるのか」(第190段)

無責任な飼い主は、ペットも他人も傷つける

「動物を自然のままにおいて、それを愛したい。人間の側の一方的な愛着。心身が健やかであるなら、弱い生き物に人間のストレスや欲望を背負わせないでいたい。ペットはおもちゃではない。我が身に引き当てて、その苦悩を思え」(第121段)

騙される多数派、人の本質を見抜く少数派

「騙される多数派、人の本質を見抜く少数派。愚者の間の戯言でさえ、真相を知った人の前では、さまざまな受け止め方が、言葉からでも顔色からでも、すっかり知られているに違いない。達観した人の人間を見通す眼は、少しも誤ることがない」(第194段)

人を質す愚かさ、わが身を正す大切さ

「すべての人間関係のトラブルは、相手を責め、自分を正当化するところから生まれる。すべてにおいて過失がないようにと思うなら、何事にも誠意があって、人を分け隔てせず、誰に対しても礼儀正しく、言葉数が少ないのに越したことはない。すべての過失は、もの馴れた様子で上手ぶり、得意げな様子をして、人を侮り軽んじるところに原因があるのだ」(第233段)

一般人は権威に弱い

「一般人は権威に弱い。無知な人間は、教養人や権力者の視点に惑わされ、付和雷同に陥りやすい」(第236段)

際限のない欲望が人を破綻に導く

「求めれば求めるほど縛られる。それが欲望というものだ。名声を欲し、愛欲に溺れ、過度の食欲を満たし、物欲にかられて財をなそうとする。際限のない欲望が人を破綻に導く例は、枚挙にいとまがない」(第242段)